2023/12/31

西村かおる会長 新年ご挨拶  2024/1

 新しい年が明けました。本来は「おめでとうごさいます」とご挨拶すべきところですが、今年は元旦から大地震、羽田空港航空機事故、あちこちでの大火事と連日大きな災難が続きました。まずは被害に遭われたたくさんの方々に、お見舞いを申し上げますとともに、お亡くなりになられた方々のご冥福を心からお祈りいたします。そして一日でも早く、被害に遭われた方々が平安な日常生活が過ごせることを深くお祈りいたします。

単独に災害が起こる確率は同じなのでしょうが、それにしても新年3が日に、こうも悲惨な災害が続くと、一体今年はどうなるのだろうか、と暗澹とした気持ちになります。そんなやりきれない気持ちにお正月らしさを与えてくれたのは、やはり箱根駅伝でした。

とはいえ、お雑煮やおせちを朝食として食べながら箱根駅伝を見るいつものお正月のはずが、テロップでは、揺れが続く北陸の情報が続々入ります。被災地の方々のことを考えると、自分が当たり前のお正月を迎えていることにとても申し訳ない、という気持ちを持ったのは、きっと私一人ではなかったのではないかと思います。しかし選手たちの全身全霊をかけて今を必死で走り切る姿は、そんな後ろめたさから「今、自分がある場所で精いっぱい生きる大切さ」に戻してくれました。「今、私がおせちを食べることをやめても、被災者を救えるわけではない。今はたくさん感謝しておいしく食べよう。そしてできる時がきたら、私なりのベストを尽くそう」と思い直しました。

走ることは、とてもシンプルです。でもシンプルなゆえに、それだけ奥が深く、生きることと直結し、教えてくれることがたくさんあることを再度強く感じました。

今年も皆さまと、更にランニングの世界を深めていきたいと願っております。どうぞよろしくお願いします。   西村かおる(2024年1月)

※写真は「23年富士山頂のご来光」





2023/12/30

西村かおる会長 ご挨拶 2023/12

 皆様にとって、2023年はどのような一年でしたでしょうか? コロナも5類となり、マラソン大会が日常にもどってき、当会でも、4年ぶりに忘年会を開催いたしました。

忘年会では、参加者おひとり、おひとりから一年の振り返りと最も印象に残ったことをショートスピーチしていただきました。それぞれ悲喜こもごも、笑いあり、涙あり、感動ありで、人生色々と感じる時間でした。とはいえ仲間とウォーキング・ランニングを続けることができ、そして忘年会に集うことができるということは本当に幸せなことと、皆で確認しあった大切な時間でした。

その忘年会を壁から見守っていたのは「祝 端宝中紋章 山西先生おめでとうございます」の横断幕です。今年、私たちの指導者である山西哲郎先生は上記の叙勲なさいました。山西先生の、長きにわたる健常者、障碍者の隔てないランニング指導が高く評価されてのことと思います。またその場には3年前に同じく叙勲されたランニング生理学者である山路啓司先生もご参加くださっていました。お二人は大学の先輩・後輩でずっと一緒に走り続け、同じように大学で教鞭をとり、研究し、ランニング学会を設立し、共著でたくさんの超長距離走の専門書を出版しました。そしてほぼ毎月、第一線を離れた今でもランニング大学で一緒に体を動かしていらっしゃり、私たちを指導してくださっています。青春時代から続くお二人の関係を見ながら、うらやましかったり、ほほえましかったり、何より深い尊敬の気持ちとともにランニングの持つ深さと力を見る思いです。











忘年会の最後は「五輪閉め」といって、指の1本から合わせはじめ、2本、3本と順番に合わせ、最後は5本で大きな拍手と同時に飛び上がる閉めで飾りました。笑いに包まれた閉めでした。終わりよければ、全て良し!皆様の良い年末をお祈りしております。西村かおる(2023年12月)

2023/12/03

ランニングの世界 エッセイ 「山西哲郎の季節を走る」 2023年12月3日

  季節は巡る。

凍寒の前触れを、白き衣替えをした谷川岳からの風が教えてくれる前橋の朝。

 僕はこの風景がお気に入りで、さっそく、谷川岳の方向に向かい歩き、ゆっくり走ると、朝ランが大好きな僕の歩みは自然美の虜になってしまう。そして、昔のことの思い出が浮かんでくる。

 故郷に戻って、走ろうとすると、母から、「朝からそんな無理をしない方がいいよ」と、玄関で言われることがしばしば。1日に朝と午後の二回ランニングの習慣づいた僕には、何ら効果もなし。母が亡くなった葬儀の朝も走り、妹から「お兄さんは喪主でしょ」言われる。そのことを、今でも忘れられないが、走ることが単に健康やトレーニングのためではなく、その日の朝、周りの自然の様相と僕の心身を五感で感じる楽しさがあったからである。

 今から、50年前、東京の大学から、前橋に位置する大学に移る決意をしたのも、すそ野の長い雄大な赤城山の山並みに一目ぼれをしたからである。

 全国で最高温度の40度を記録した今年の前橋の夏から秋、そして初冬へと移る山々。緑から次第に紅色へと頂上から裾野に向かっての色彩下りは、例年以上の美の衣替えとなる。

 その感覚は、夕陽と重なるとスポットライトを浴びた様に一段と紅色が増し、僕の気分は画家のごとし。散歩者とすれ違う時、「奇麗な風景になりましたね」の合言葉が互いに生じてくる。

 今朝のジョギングの感覚は脳をより活性化させ、「明日は山に登ってみよう」という体の言葉を創り出す。美は力なりと・・